8ヶ月の期間をかけて「機那サフラン酒大看板」がほぼ修復を終え、6月1日修復を請け負ったトーア㈱中之島工場で仮お披露目が行われました。
高さは12mの看板は下から見上げても大迫力でした。
今からちょうど100年前、明治44に建設された看板は回ほど修理が行われましたが、雨風による腐食も進んでいたため、この期をのがすと再建は困難とのぎりぎりの段階での修復決定でした。修復に至ったのは、東日本鉄道文化財団からご支援をいただいたことが大きかったのですが、他にも多くの方々からご寄付をいただきました。
「木羽募金」(屋根を葺く板にご記名をいただいて千円を戴いた)の木羽は岐阜の文化財修復専門の屋根業者さんで写真のように一枚一枚使わせていただきました。
もう少し写真で紹介します。
次の公開は平成24年4月
長岡市大手通りに新設の「アオーレ長岡」です。
機那サフラン酒製造本舗の大看板の修復
おかげさまで2月末の時点で看板修復募金は木羽募金を含め
100万円を突破しました。
目標まではまだまだ長い道のりですが、ご協力いただいた方々
にはたいへん感謝しております。
修復のほうは順調に進んでおります。
4月には皆様からご記名いただいた木羽(こば)は岐阜の修復
業者に送られて組み立てられます。
36cm角の柱は長さが10m以上で重量1t以上
室内のせいかすごく巨大に見えました。
彫刻部分は現在こんなふうになっています。
一個一個の彫刻もそれぞれ迫力があって立派なものだと感じます。
夏頃までにはいったん組み立てられた姿を皆様にご覧いただけると思います。
楽しみにお待ち下さい。
ご寄付も引き続き受け付けておりますのでよろしくお願いします。
お問い合わせ先
摂田屋町おこしの会 0258-35-3000
機那サフラン酒本舗の入り口にはかつて木製の巨大な看板が建っておりました。
しかし、平成9年に老朽化して倒伏の後行方知れずとなっていました。
この看板は明治44年、創業者吉澤仁太郎が豪奢な母屋や離れと共にサフラン酒
繁栄の象徴として建造したもので、木製の看板を支える柱は高さ10m以上あり、
本体の檜の彫刻は柏崎の名棟梁篠田惣吉らと共に函館の高龍寺の建造に当たっ
た金子九郎次の作。本体の上には杮葺きの立派な屋根がかかる。
江戸時代の大店の看板の様式を受け継ぐものであり、現在残っているものは極め
て少ないと思われます。その大きさ、精妙な彫刻からしても日本一の看板です。
平成22年夏、NPO法人 醸造の町摂田屋町おこしの会はこの看板を買い戻し、
東日本鉄道文化財団の支援を受けて修復に着手しました。修復の後平成24年春
には長岡市のシティーホールプラザ「アオーレ長岡」に展示され、最終的にはシン
ボルタワーとして摂田屋に建立する計画です。
買取、修復、管理、展示にはまだまだ多額の費用が必要であり、当会では皆様の
ご支援をお待ちしております。「機那サフラン酒大看板再建募金」「こば募金」に
ご協力よろしくお願いいたします。
【木羽募金】
この看板の屋根はは昭和57年当時の写真を見るとトタン葺きでした。再建の為専門家が調査した結果、トタンの下は銅版で葺いてあることが確認され、更に修復の為に解体を行った結果、銅版葺きの下から木羽(こば)で葺いた屋根が出現したのです。まさに明治時代の商工便覧に描かれている絵と同じでありました。そこで当会では明治時代に建てられたものにできるだけ近い形で復元することにし、3,000枚もの木羽が使われることから、この木羽に支援者から記名をいただく「木羽募金」も併せて実施させていただきます。
「木羽募金」は1口1,000円です。
受付は摂田屋の醸造6社(吉乃川・越のむらさき・星野本店・長谷川酒造・味噌星六・機那サフラン酒本舗)
大手通りの長岡観光コンベンション協会・長岡市民センター
長岡駅東口3分DNビルのFMながおか
寺島と本町のトーア㈱
以上11ヶ所で行っております。よろしくお願いいたします。
ご案内がたいへん遅くなりまして、すみません!
今年も「おっここ摂田屋市」を開催いたします。
開催日時 平成22年10月2日(土)10:00~15:00
光福寺出陣式 11:00~
メイン会場松方弘樹トークショウ 11:40~
開催地 長岡市摂田屋 吉乃川(メイン会場)
越のむらさき・星野本店・長谷川酒造
光福寺・星六・機那サフラン酒本舗
おっここ摂田屋市は新潟県中越地震の翌年、中越地震の復興感謝祭として始まり今年で6回目を迎えます。
第1回開催時は、復興は始まっていましたが、摂田屋では機那サフラン酒本舗の「鏝絵蔵」を始め多くの建物が傷ついたままの状態でした。私どもは摂田屋にはこんなにすばらしい景観があり、これらを大切に保存しながら町づくりに活かしてゆきたいとを訴えてまいりました。多くの人に摂田屋に来て、摂田屋のよさを実感いただき、傷んだ建造物の修復と、町おこしの輪の拡大を意図して実施してまいりました。
「おっここ摂田屋市」は地元団体(摂田屋醸造業者、商店街、大学、高校)の出店とフリーマーケットや手作り作品の販売、酒・味噌・醤油にちなんだ食べ物他美味しいものが盛りだくさん。ステージではアマチュアバンドの演奏で来場者に楽しんでいただきます。今年は特別ゲストとして松方弘樹さんを迎えてのミニトークショウもございます。
また、摂田屋6蔵を巡るスタンプラりーの内容も充実、各会場とも蔵見学やおもいおもいの企画を用意、小学生の作ったミニ鏝絵や摂田屋の風景画の展示や長岡造形大学の学生さんによるミニ鏝絵教室も実施されます。
戊辰戦争で長岡藩の本陣となった光福寺では米百俵祭りとタイアップし、摂田屋出陣式がガトリング砲の撃音と共に盛大に行われます。小千谷談判決裂の後軍事総督河井継之助が各部隊長を前に開戦の決意表明が再現されます。
昨年11月につづいて6月5日(土)
第2回目の草取りイベントを実施いたしました。
題して「僕も私も抜いたる隊」
夜半まで続いた雨も上がり午前10時には呼びかけに
応じてボランティアの方が大勢集まりました。総勢53名
地元摂田屋の方々、長岡造形大の学生と先生
北越銀行の皆様、NPOのメンバー、全員が簡単に
自己紹介。
隊長の造形大学大塚さんはなぜか直江兼継の
いでたちで「植え樽」会員募集の案内も
2回目の参加の方も多く、手際よく
作業は進みました。
草を取り除いてみるといろんなものが見えてきました。
例えば上の写真の場所にはこんな怪物の石像が・・・
よく見ると怪物の口には管が見えます。
ここから水が出ていたんでしょうね、きっと。
今草取りをした場所は池だったようです。
機那サフラン酒本舗の庭はすごく楽しい庭みたいですよ。
今から20年前に建築史家の藤森照信先生(当時東京大学助教授)がサフラン酒のことを「銀花」という雑誌に書いていますので庭についての部分を一部紹介します。
和漢洋を混ぜ合わせたこの庭は、とてもプロの庭師のデザインとは思えないから、仁太郎の手作りと考えていいだろう。「庭は人を狂わせる」とか「庭は宇宙のミニチュアである」とか古来いわれるが、たしかに、ここで、仁太郎は、自分だけのイメージの世界に没入している。こう考えると、鏝絵の蔵に彼が託したものも分かるような気がする。雪に埋もれるこの地の一郭に、思わず知らず、自分だけのイメージのユートピアをつくりはじめていたのではないだろうか。冬の暗い灰色を破る鏝絵の原色も、深い雪に負けない溶岩の突起も、おそらく、その象徴だと思う。
尚、吉沢仁太郎は昭和16年に好きな庭いじりの際に、刺さったトゲから入った微菌がもとで亡くなったということです。
今回は全部紹介できませんが入り口の写真をご覧あれ
いつの日か楽しいお庭をみんなの力で復元したいですね!
これは何だと思いますか?
実は機那サフラン酒本舗の庭園です。
サフラン酒本舗の屋敷は、明治後期に、吉沢仁太郎が一代で築いた。
新潟県に多い豪農の屋敷とは異なり、明治の勃興期、成功を収めた
仁太郎が意のままに作った不思議な屋敷です。
この庭には直径2メートルはある佐渡の赤玉石や、鬼押し出しから
運んできた奇岩が石垣の上をいろどる幻想的な庭園です。
〔一般公開はしておりません〕
ところが・・・・
よく見ると雑草がはびこり立派なお庭も荒れ放題
石灯籠の多くは中越地震の後、倒れたままの状態が続いています。
そこで今回長岡造形大学の学生さんが中心となって
ボランティアを募って草取りを実施しました。
11月7日(土)10:00
お天気にも恵まれ
呼びかけに応じて集まった方々は
ご近所の方々・長岡造形大学の学生さん・町内会の方々
北越銀行の皆さん・NPOの会員等々50名に上りました。
宮下NPO副会長の挨拶の後チーム編成が行われ、草取り開始
不慣れな方もいらっしゃったようですが、
この度の発起人の一人植田屋造園の社長さんに指揮をとっていただき
快調に片付いてゆきます。
皆さん本当に一生懸命働いていただきました。
刈り取った草はなんとトラック2台分もありました。
一生懸命働いた後は・・・
バーベキューでおなかを満たして
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きれいになったサフラン酒の庭に充実感を覚えつつサフラン酒や摂田屋の話に盛り上がりました。
初めて中に入ってびっくりしました。
こんなに立派な庭があったなんてまったく知らなかった。
建物も傷んでいて心配です。
こんな声がそこここで聞かれました。
最後は柳摂田屋連合町内会長の「来春またやりましょう!」の呼びかけに
皆さん大きな拍手で応え、一本〆で終了となりました。
ボランティアでご参加いただいた皆様本当にありがとうございました。
実は・・・
機那サフラン酒本舗の3千坪の屋敷には今回草取りをした庭園をはじめ5つの蔵と母屋、離れ、店舗、サフラン酒製造所などがありそれぞれが立派な文化財です。鏝絵の蔵は昨年修復をすることができましたが、それ以外は中越大震災の後、激しい損傷にもかかわらず未だに何も手を加えることができないままの状態です。
一般の方は普段目にすることができないのでその存在さえ伝わっていないのが現状だと思いますが、民間人が建てたこれほどの歴史的建造物は全国的に見てきわめて少ないと思います。このまま朽ちてしまうにはあまりに惜しい文化財です。
公開はされていませんので普段は見ることは不可能ですが、来春もボランティアを募って草取りを実施する予定です。その際には是非ご参加ください。
近い将来機那サフラン酒本舗全体が修復され一般公開されることを願って活動してゆきたいと思います。
NPO法人 醸造の町摂田屋町おこしの会
ちょっと遅くなってしまいましたが、おっここ摂田屋市の様子をアップします。
午前10時にスタートしたおっここ市でしたが、今年も大盛況!
今回「天地人」与六役で人気絶頂の加藤清史郎君の出演とあって
人人人・・・ 本部担当の私でしたが午前中は目が回るほど
特にステージが始まる頃には心配していた雨が降り出しました。
最初のステージはごぜ唄の金川真美子さん
私が司会のつもりが清士郎君の少し早い到着で
いったんステージを離れることに
清史郎登場の頃はどしゃ降りになってしまいました
かわいかったですねえ
司会の渡辺千雅さんとの息もピッタリ!
おまけステージ終了後
市の様子(午後人出も落ち着いた頃です)
長岡CAT(工業高校・農業高校・商業高校共同プロジェクト)も
長岡造形大学の皆さんはサフラン酒本舗でミニ鏝絵教室
星野本店でこへびCafe他まちづくり屋台/俺も植え/樽デザイン建具と
アイディアにあふれる企画で今年も摂田屋市を盛り上げてくれました。
今年で参加2年目のMOJOバンド♪ おっちゃんバンド♪
スタンプラリーも大盛況で参加者約1,500名
サフラン酒会場、越のむらさき会場、星野本店会場、
長谷川酒造会場、星六会場も昨年以上に会場作りに力を入れ
にぎわっておりました。
光福寺米百俵祭武者行列出陣式も盛大に行われその後、
メイン会場を行軍しました。
残念ながら画像がございません。お持ちの方は投稿お待ちしております。
盛況のうちに午後3時第5回摂田屋市は終了いたしました。
スタッフの方々お疲れ様でした。
バンドの皆様もいろいろお手伝いいただいて感謝しております。
特に野口さんユキちゃんにはスタンプラリーの抽選会で休む間もなく
働いていただきました。本当にありがとう。
出店者の方々もご苦労様でした。
ポスター掲示にご協力いただいた皆様やイベント運営に協力いただいた
すべての方々に心より感謝申し上げます。
今回の演題は「直江兼継と摂田屋」この興味をそそられるテーマと稲川先生の軽妙なトークを期待して180人あまりの聴衆が光福寺の本堂をぎっしり埋めた。
稲川先生には兼継が生きた時代(戦国時代)の摂田屋の姿を様々な文献を元にお話いただきました。残念ながら兼継が直接摂田屋と関わりを持ったという史実は明らかになりませんでしたが、当時越後を統治する上で河川交通の要衝としても沼垂、与板、妙見などと並んで摂田屋は戦略上重要な地域であった言えるようです。
興味深い兼継の人物像
イケメンでスケベ?だったようです。文献にも“多情な兼継”の表現があるとのこと。
稲川先生の講演を聞いた後のTV「天地人」はまた違った面白さがありました。博識な先生のお話は越後と日本、それに時間を縦横無尽に飛びまわり楽しく有益な講演でした。ありがとうございました。
稲川明雄講演会開催のお知らせ
日 時 平成21年6月14日 14時~16時
会 場 光福寺 長岡市摂田屋1-13-35
演 題 直江兼継と摂田屋
定 員 150名(先着順)※事前予約は受け付けておりません。
駐車場 会場には駐車場はございません。
お車でご来場を希望される方は高齢者センター宮内、南部図書館の駐車場をご利用ください。
問合先 NPO法人醸造の町摂田屋町おこしの会